参列者が、仕事の都合などで会場で着替えるのとは、全く異なる意味合いを持つのが、「ご遺族」の着替えです。特に、故人と最も近しい、喪主やその配偶者、子といった方々は、どのタイミングで、どのような心持ちで、喪服という特別な衣服に、その身を包むのでしょうか。多くの場合、ご遺族が初めて喪服に袖を通すのは、「納棺の儀」の前、あるいは、お通夜の儀式が始まる直前です。故人が亡くなられてから、葬儀社との打ち合わせや、親族への連絡といった、慌ただしい時間が続く中、私服のままで過ごすことがほとんどです。そして、お通夜という、社会的な弔問を受け入れる最初の儀式を前に、ご遺族は、それぞれの控室で、静かに喪服へと着替えます。この「着替え」という行為は、ご遺族にとって、単なる衣装替えではありません。それは、これまで「家族の一員」という、プライベートな立場で故人の死と向き合ってきた自分から、「喪主」「遺族」という、社会的な役割を担う存在へと、その立場と意識を、明確に切り替えるための、一つの「スイッチ」となるのです。黒い喪服に身を包むことで、「これから、故人に代わって、多くの弔問客からの弔意を受け止め、感謝を伝えなければならない」という、重い責任感と覚悟が、その身に宿ります。それは、深い悲しみを、一旦、心の奥に押し込め、社会的な務めを果たすための「鎧」をまとう行為、とも言えるかもしれません。また、葬儀・告別式の当日の朝も、同じように喪服へと着替えます。お通夜を終え、仮眠を取った後、再び喪服に袖を通すことで、「今日が、本当に最後のお別れの日なのだ」という、厳粛な現実と、改めて向き合うことになります。この着替えの時間は、ご遺族にとって、心を整え、故人を送り出すための覚悟を固める、静かで、そして極めて重要な、内面的な儀式なのです。もし、あなたの身近にご遺族がいるならば、その着替えの時間の前後には、そっと声をかけ、何か手伝えることはないか、その心に寄り添ってあげることが、何よりの支えとなるでしょう。
遺族の着替え、そのタイミングと心の準備