数年前、突然父が亡くなりました。私は長男として喪主を務めることになり、悲しむ間もなく、葬儀の準備に追われる日々が始まりました。葬儀社の方との打ち合わせ、親戚への連絡、そして様々な支払い。無我夢中で葬儀を終え、心身ともに疲れ果てていた私に、税理士である叔父が言いました。「葬儀にかかった費用の領収書は、全部取ってあるか?相続税の申告で必要になるからな」。その言葉に、私はハッとしました。確かに、葬儀社からは立派な領収書を受け取っていました。しかし、それ以外にも、細々とした支払いがたくさんあったはずです。慌てて記憶を辿り、財布やカバンの中を探しました。通夜振る舞いのために急遽追加で頼んだ仕出し弁当のレシート、遠方から来てくれた親戚のために立て替えたタクシー代の領収書。幸い、ほとんどは見つかりましたが、一枚一枚はただの紙切れにしか見えませんでした。最も私を悩ませたのが、お寺にお渡ししたお布施です。もちろん領収書などありません。叔父に相談すると、「いつ、どこのお寺の誰に、戒名料としていくら、読経料としていくら渡したか、今すぐメモに書き出せ」と言われました。記憶が曖昧な部分もあり、母と必死に思い出しながらメモを作成した時の不安な気持ちは、今でも忘れられません。後日、叔父と一緒に書類を整理していると、「この香典返しの費用は、控除の対象外なんだよ」と教えられました。葬儀に関する出費だと思っていたものが、税金のルールでは別物として扱われる。その線引きの複雑さを、私は身をもって知ったのです。この経験を通じて私が学んだのは、事前の知識と、日々の記録がいかに大切かということです。もし少しでも知っていれば、支払いの都度、封筒の裏にでも目的をメモしておいたでしょう。父の死という非日常の中で、冷静な事務作業をすることは本当に困難です。だからこそ、こうした制度があることを心の片隅に留めておき、小さな記録を積み重ねる習慣が、いざという時の自分と家族を助けてくれるのだと痛感しています。
父の葬儀で学んだ領収書管理の大切さ