父は、昔気質の、不器用で、口数の少ない人でした。愛情表現も下手で、私たち子供は、どこか父に対して、壁のようなものを感じていました。そんな父が、ある朝、心筋梗塞で、あっけなく逝ってしまいました。あまりにも突然のことで、母も、私も、妹も、ただ呆然とするばかりでした。悲しみにくれる間もなく、葬儀社との打ち合わせが始まりました。担当者の方が、淡々と、しかし丁寧に、費用の説明をしてくれます。祭壇のランク、棺の種類、返礼品の数…。その金額が、一つ一つ積み上がっていくのを見るうちに、私の頭の中は、真っ白になっていきました。「こんなに、かかるのか…」。父の預金口座は、死亡届を提出した時点で凍結され、すぐには引き出せない、と聞きました。私の貯金と、妹の貯金をかき集めても、とても足りそうにありません。親戚に、頭を下げるしかないのか。喪主として、情けない思いと、焦りで、胸が押しつぶされそうになりました。その夜、父の書斎を整理していると、机の引き出しの奥から、一つのファイルが見つかりました。そこには、「重要書類」と、父の几帳面な文字で書かれていました。中を開くと、年金手帳や、実印と並んで、一枚の保険証書が入っていました。そこには、「少額短期保険(死亡保険)」と記されていました。いわゆる、葬儀保険でした。私は、その証書を握りしめ、すぐに保険会社に電話をしました。電話口の担当者は、私の動揺した声を、優しく受け止め、必要な手続きを、一つ一つ、丁寧に教えてくれました。必要な書類は、死亡診断書のコピーと、戸籍謄本、そして私の身分証明書だけ。それらを郵送すると、わずか三日後、私の口座に、父が契約していた200万円が、確かに振り込まれていました。その通帳の数字を見た瞬間、私は、全身の力が抜けるのを感じ、その場に泣き崩れてしまいました。私たちは、そのお金で、親戚に頭を下げることなく、父の葬儀費用の一切を、滞りなく支払うことができました。金銭的な不安から解放されたことで、私たちは、ようやく、純粋に父の死を悲しみ、その思い出を語り合う、大切な時間を持つことができたのです。父が、私たちに残してくれた最後のプレゼント。それは、お金という形をしていましたが、その本質は、「安心して、悲しむための時間」でした。口下手だった父の、最も雄弁で、最も深い愛情の形だったのだと、私は、今、心の底から理解しています。
父が遺した最後のプレゼント、葬儀保険に救われた家族の物語